<~してくれなかった>子供のうめきを、額面通りに受け取ってはいけないケース。

親愛なるみなさま

こんにちは。^^)

今日も、あなたのお役をしてくださりありがとうございます!

<~してくれなかった>子供のうめきを、額面通りに受け取ってはいけないケース。

あるお母さんの話。 この方は、一生懸命働き続け、子供を、ひとりで育てあげた。

子供は、学生のころ、自分の家は経済的なことが十分ではないから、同級生が経験できたことを、経験できなかった、と、うめいていた。

たとえば、洋服を買いたい、ゲームを買いたい、食べたいおやつがある、、何か~したい、と、思ったときに、お金のことで、制限はかかる。

それでも、この子を育てるためにがんばって働いてくれているお母さんがいて。愛情がある。この子は、お母さんと一緒に、屋根がある場所に住めて、夜はそれぞれの布団で眠れて、温かい食事を食べれて、身体はちゃんと動ける。

私は、この子供は、お母さんから愛されて育つことができて、幸せな人だと思っている。

母親から、<自分らしさを認められ、愛されている>、というベースがあるからこそ、セルフラブが育てて、それで、

むしろ、<もっとしてもらえてもよかったのに(そうでなかった)>という気持ちが働ける余地がおきるのかもしれない。

別の話。

ある日、テレビを見ていて、アジアのある国、親が育てられなかった子供たちが、福祉施設、グループホームのような、、で育っている状況が放映されていた。 親は病気だったり、離婚だったり、経済的理由だったり、その子の養育ができず。

食事を満足に与えられなかったり、よく、ぶたれたりしていた子も多かったそうな。

その子たちは、現在、幼児~10代前半くらいの年齢の、10人ほどの男女であり、彼らを、日々、養育してくれている養母の人に、とてもなついていて、いつも後ろについていきたい。

その子たちは、家にいたときは、赤ちゃんのころから、大人から、つらいおもいをしてきているので、 その養母が与えてくれる愛情に、とてつもないありがたみを感じているようであった。

幼い子どもが、養母の腕にしがみつき、<(私なんかを愛してくれてありがとう)>といったふうに泣く。。。。。。

この子供たちは、人生の最初に、満足な食事や、安全なスペース、愛情も受け取れがたかったから、それらのありがたみを、噛み締めて知っている。。。

<食べ物がない>、を、味わったからこそ、ふつうに食事がある、食べられることのありがたみが身に沁みる。また、それを作ってくれる人の存在のありがたみもわかる。

おびやかされている、を、しっているから、<自分でいても安全であること><大丈夫よ、と、言ってくれる人がいる>のありがたみが身に沁みる。

凍結していたこころが、のびやかさを戻すまで、それだけの時間も、愛情も、手もかけたに違いないすごい養母さん。

温かい食事と愛情。屋根ある安全な場所。清潔な衣服。その子らしさを、まわりから認めてもらえること。その次に教育。

幼児時代は、<わたしを見て>という、すべてにおいて自分に注目を集めたい、セルフラブを爆発させている時期が、健康な自然な状態だ。

幼児期は、<このままの私たちを愛してくれるのは当たり前だ>という前提を持っていて、それがほんの少しでも誰かからそがれると、本当に、簡単に、傷ついてしまうところがある、、、

親や周りの大人が、幼い子供のために、<(火にさわろうとしていたので、)こはアブナイからやめましょうね>と、さえぎったら、それが、まるで、自分という存在を否定されるくらいの勢いをもって感じられてしまうかもしれない、、、

大人は、その子のためを考えるなら、必要なとき、制止させたり、ナビゲーションしなくてはならない。

幼児を傷つけないように、なんて、大人側は、配慮していても、むつかしいところがある。 みんな試行錯誤して、このあたりかなあ、どうすればよかったかなあ、などと、悩みながら進むのでしょう。。 正解ないですものね。 おおらかに。

ということで、繰り返すと。

毎日、生活のあれこれの中で、親と、愛し愛される築いてこれた子供は、<あなた(親)は私を愛してくれている>というこころのベースが育つでしょう。

それが、自分の望まぬふうに、何らか、阻害された時に<(私を愛してくれているはず)なのに、なぜ、私をさえぎるの?(アナタは)私がきらいじゃないはずなのに>という、気持ちが起きるのでしょう。

↑ その、幼児期の気持ちの混乱みたいなものは、誰しも、こころの奥に残っていて、それはありますね。

なので、この記事の一番最初に登場した、お母さんに育てられた子供は、母親に、<どうして~してくれなかったの>という気持ちを持っていたとしても、むしろ、その、愛情のベースのところは、ちゃんと受け取れて育ってこれたからこそ、そんなふうに言えるところもあるのでは、でした。

このお母さんは、子供さんに対して、最善を尽くしてきたし、それ自体がすばらしいことであり、そのまま胸をはっていいと思います。

私がここでこう、この女性について書きたかったのは、このお母さんを応援したかったので。^^)

・・・

家庭環境に恵まれたひともいますし、生まれた最初から、きびしい家庭環境を味わう人もいます。

親御さんと、人生の最初からむつかしかった方、<お前なんか、、>と、言われた方、抑圧された方、ぶたれた方が、もし、この記事を読んでおられるなら、、

よくぞ、今日、今このときまで、生きていてくれた、生き延びてくれた本当にすごいご自分を、そのままほめて、認めてさしあげてくださいね!!!

あなたには価値があります。

また、強い魂さんなのだと思います。

・・・・・・・・・・・

K.Oさん、あなたはすごい。あなたには価値があります。引き続き、しっかり応援しています。愛をこめて。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日、保育士試験を受けられたKさん、お疲れ様でした!^^)

あなたの良い意図とガッツはすばらしい! 引き続き応援しています!^^)

この3月で、定年退職されたAさん、すばらしいお仕事ありがとうございました!^^)

まだこれから、新たな人生を楽しんでくださいね~^^)

そのほかのみなさん、ありがとうございます!ハッピーでいてね。^^)

愛をこめて。 アナナス