3177ヒーリングルーム 

「もっと私らしく」「本質的に生きたい」と思う時のスピリチュアルヒーリング(遠隔)セッションを提供しています。


2025年はあなたにとってどんな年でしたか?^^)

親愛なるみなさま

こんにちは。

今日も、あなたの大切なお役をありがとうございます。^^)

ご縁あって、このブログにようこそいらっしゃいました。^^)

 

今日は2025年12月21日。

今年もあとわずかになってきました。

 

今年2025年はあなたにとって、どんな年でしたか?

世界情勢は刻々と変わりゆき、日本国の行方も刻々と変化していく。

あなたの個人的な年としてはいかがでしたか?

 

家族が増えた方もいますね。

家族を見送った方もいますね。

 

新しいお仕事や活動を始めた方もいますね。

これまでのお仕事から離れた方もいますね。

 

病気から回復中の方もいますね。

親御さんの介護が始まった方もいますね。

 

お身体は大丈夫でも、悩み多かった方もいますね。

イベントに参加していて、熱心に活動していた方もいますね。

 

故郷で畑を始めていた方もいますね。

今現在、休養中の方もいますね。

 

愛知のEちゃん、ご結婚にむけた同居おめでとうございます!^^)うひょう!!!

私も世界中の人も祝福しています!!!^^)

 

お祈りをしてくださっている横浜のYちゃん今年もずっとありがとうございます!!!感謝しています!!!

 

あなたにとっての2025年を抱きしめて。

 

私にとっての2025年は盛沢山でしたよ。

今年もたくさんの方の癒しに関わらせていただきました。(いただいています。)

関わらせてくださり心から感謝いたします。

(このブログの記事はあまりかけませんでしたが、バックヤードでは、私はずっと活動していました。)

 

今年、私は、姑さん(あと3か月で100歳になるはずだった。栃木県の人。大正15年生まれ!)を見送りました。

私は、夫との結婚生活が31年になります。

結婚当時、若かった私(東京の人。当時30歳。)にとって、69歳の彼女は、全くの異物であり、

意味不明なことが起きました。

 

たとえば、、忘れられないエピソードとして。

ある日、義母から連絡がきました。

「あなたの両手を左右に広げて、右の手首から左の手首までの寸法を測り教えて!」

たった一言。それだけの説明に、

(この人はいったい何を言いたいのかしら?何のこっちゃ?)と、思い、

夫経由で、何の目的があるのかを聞きました。

「(嫁であるあなたに)うちの家紋のついた喪服(着物)を作ってあげるから、寸法を教えてもらいたいと思った。」

はああ???

私は困惑し、そもそも、

着物の喪服なんて私にはいらないです。 私は、着物の畳み方だけは知っていますが、着物一人で着れません。だいたい家紋入りって、カンペンしてください!

夫経由で断っていただきました。

 

また、私の通常慣れているよりも、義母の感性として、人間関係の距離がかなり近いようで、私は

ずんずん踏み込まれるような心境になりました。

「子供早く産んだら?やっぱり30代のうちのほうがいいよ。」 

(はああ?そんなふうに言われるのは心外なんですけど。子供は好きですけど。私自身は子供産まないですよ。そういう予定はないです。」

(私はこの30年間、他の方々子供たちのシッターは結構させていただきました。^^))

 

家族旅行で温泉に行ったら。

「一緒に温泉入ろう!ほら、早くして!」

「はああ?私一人で行きますから、お母さん先にどうぞ。(一緒に入りたくない。)」

「そんな恥ずかしがる必要ないのに!家族なんだから!」

私は、今、このテレビドラマ見ているんです。最後まで見たいので、お母さん先にお風呂行ってきてください! (私はそういうなつき方はしないですよ。)」

 

義母が言うあれこれは、彼女の育った栃木県の昭和初期からしたら、当然の人間関係の距離の近さだったみたい。。 ^^) そのことがわかるまで、私は、たぶん20年くらいかかりました。

 

義母はわりにさっぱりした性格で、私に直接いろんなことを言ってきましたが、私が「それはいやなんですけど。」と言うと尊重してくれたので、それは本当にありがたかった。

 

ということで、、これまで31年間も姑をしてくれていた人が、今年のある日、栃木県の病院で静かに人生を終えました。

温かかった身体が冷たくなって。

意味をなさなくなった。

そこにいたいのちはいなくなった。

彼女は軽やかに上に上がっていった。

涼やかな風が吹いていて。

ずっと看護、介護してくださっていた看護師さん方の温かみが身に染みた。

 

私の姑さんをずっとしてくれていてありがとうございました。

あなたが私の義母さんで本当によかった。

いろいろおもしろかったね!^^)

意見が合わなかったエピソードも今となっては懐かしい。

今回の人生完了。本当によくぞ生き切りました!素晴らしい!

 

義母さんが話してくれた、彼女の昭和30年代40年代のエピソードはとても豊かな世界でした。

みんな貧しくても、率直にコミニュケーションして、昔のドラマみたいに、隣近所で、足りないもの(みそ、しょうゆ、お米とか、、)を融通しあって、助け合って生きていった。

自分の子ではない、隣の子でも、(ワンパクすぎて)わるいことをした子は叱り飛ばして。みんなで育てた。

 

彼女の次の世代として、

今、あなたも私も、この世を生きていて。

いのちのつながりは、また、次へ次へとつながっていっていますね。

 

今日、あなたがここにいてくださり本当にありがとうございます。

あなたがこの世に存在しているのは、もんのすごく特別なことですよ!

アイラブユー!みなさん。(^^)/