68回目の終戦記念日

愛するみなさま

こんにちは。 いつもアナナスのブログに来てくださりありがとうございます。(^-^)

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今日、8月15日は、68回目の終戦記念日ですね。

私の小さい頃は、兵隊にとられて生き残った大人たちがいらして、また銃後を守った女性たちが
いらして、、、、戦争の時の話はありふれていました。。

国と国とが戦う、というのは、一般市民にとつて、最悪の事態をもたらします。

戦争の犠牲となった約310万人(軍人・軍属約230万人、民間人約80万人)、、、この数字は、
ちょっと実感がわかないですよね。。 
でも、ひとりひとりに人生があり、その人の愛する人たちもいて、、そういう人数が
310万人です。。

あなたの家族にも、太平洋戦争時を生きた方々がいらつしゃいますよね。
8月は特に、そういう家族のストーリーを見聞きすることも必要ではないかと。。

私の亡き父(今、生きていたら79才)は、小学校5年生の時、栃木の田舎住まいでした。
10才の彼と、3つ下の弟が、原っぱで遊んでいた時、アメリカのB29爆撃機が頭上を飛行してきて。。

戦闘機が、明らかに、この兄弟を狙って、攻撃をしてきた。
彼らの身体の近くに、被弾して。。。 あわてて、父は、弟の手を握って走った。死にもの狂いで。。

そして、橋の下にもぐりこみ、それで、戦闘機は、上空を旋回していたけれど、あきらめて
戻っていったそうな。。。 彼らは少年のころにそんな体験をしています。

これを、自分だったら?自分の子供だったら?
と、想像してみると、信じられないような、異常な光景だというのがわかります。。。
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また、私の亡きおじ2人は、カミカゼ特攻隊の生き残りでした。。。。
知らない方のためにお伝えしますと。。。

彼らは、国家のために、片道のガソリンだけを積んだゼロ戦に乗り込みました。
(片道だけのガソリン、というのは、帰還する予定が最初からない、死んでお役にたちなさい、
という意味です。)
彼らは、出撃する前に、遺書を残し。。。
出撃したら、自分のいのちを、戦闘機ごと、アメリカの戦艦にツっこみ、相手に打撃を与えることを
期待されました。。 しかし、この目的を果たす前に、アメリカの戦闘機から撃ち落とされた機体は
多かったそうな。。。

私のおじ2人は、それぞれ別の状況で、19才で、ゼロ戦に乗り込むはずが、その数日前に、
終戦を迎えてしまつた。。。

その、命を投げ出しても国を護る、という、尋常でなく緊張の高まった状態が、いきなり、
敗戦になり、、、、
しかし、盛り上がったアドレナリンの行き場を失い、誇り高い日本男児のこころはさいなまれ、、、、 
彼らは、その後、紆余曲折、くるしみと混乱の極まった数年を過ごしてから、やっと、
日常の生活に戻りました。。

彼らは晩年、温厚な人たちでしたが、、その青年期に過ごした強烈な体験の名残り感じさせるような
何か、とても人を緊張させる、近寄らせないようなものを保持していました。。
日本はずっと、こころの痛みを持っている大人が高度成長を支えてきました。。

今現在ある、日本の繁栄は、、 敗戦のみじめさをかみしめたたくさんの大人の
くるしみと忍耐の上にたっています。。 

けっして当たり前ではないです。。。

また、敗戦時に、シベリア抑留された男性方もいました。
これも説明しますと、終戦時、満州と呼ばれた中国大陸に居た日本男性が、、ロシアに捕虜として
連れていかれ、シベリア鉄道開設のために、厳しい寒さの中、貧しい食事だけ与えられ、強制労働させられた。

私は、抑留先は、シベリアだけだと思っていましたが、去年、話しを聞かせてくださった男性(93)は、
ヨーロッパ、黒海の近くの町で、強制労働をさせられたと言っていました。
彼が生き延びたのは奇跡です。。。

シベリア抑留した方の多くは帰国できなかったようです。。。。
日本政府が死亡者数を確認しているのは、53,000人だそうです。
しかし、それ以上の実数である可能性が高いそうです。。

また、敗戦時に、中国大陸にいた日本人女性のうち、レイプされた人は、数知れないとお察しします。。
大和撫子はただひたすら耐えて、口にしなかった。。。。
どれだけのひとが、お墓まで、重い秘密を持っていったのでしょう。。

戦争のくるしみは、もちろん、日本人のみならず、近隣諸国、また、アメリカ、ヨーロッパ諸国を
なめつくしましたが、、、  それは誰にとってもくるしみだったのでは。。

誰がより苦しんでいるか、とか、そうでないか、とか、誰がこんなふうにしたから悪い、とか、なんとか、、
私はよくわかりません。 でも、あの時代の特殊な時代背景はあったのだと思います。
その時代のもつ空気感覚は、今の私たちには想像はしにくいのでは。。
それでも、、、、

私たちみんな、それぞれの家の歴史、ストーリーを知ろうとするのはいいことではないかと。
また、それが難しい方は、あなたとご縁のある年上の方のストーリーを知ろうとするのは
いいことかと。。。
その上で、あの時はいったい何が起きていたのか? 自分なりの答えを求めることも必要かと。。

話しを一番最初に戻しますと、、何度も同じことを書き、くどくて申し訳ないですが、、、
今現在の日本の平和は、当たり前では決してないです。。
また、現在の日本の経済的安定も、当たり前ではないです。
ちゃんと、手を合わせて、先人のみなさん方に感謝すべき日だと思います。。
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今日もおつきあいくださりありがとうございました。m(__)m

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