バングラデシュ人の友達の思い出。。。

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バングラデシュ人のお友達Sさんの思い出話を。。

これは20年昔の話。

彼女は、結婚前、バングラデシュ、首都ダッカの、大きな家に住んでいた。
裕福な実家。 

大学卒業後、22才で結婚した相手は、とても優秀な人で、ダッカ大学(日本なら、
昔の東大、といったところか。。)を卒業し、その後、研究者になり、、、
日本の企業に勤めることになった。

それで、Sさんも、奥さんとして、一緒に日本に来ることに。。

横浜の2DKのアパートに落ち着いた。
家具は、全部、日本でそろえた。 

彼女の、たくさんの豪華な美しいサリーが、日本のたんすの中に収められた。
シルクで、赤、青、みどり、むらさき、溜息のでるような美しいものだ。

夫は、朝、会社に行き、夜まで帰らない。
その間、ずっとひとり。

買い物は、スーパーにいけば、特に人と言葉をかわさなくともできる。
洗濯をし、夫が帰宅する時間に合わせて、カレーを作る。

彼女は、日本語がわからない。 話せない。
もちろん、日本人の友達もいない。

Flag-Bangladesh

自分の国、バングラデシュ人のひとは、夫しかいない。
たまには、(当時はインターネットがない!) バングラデシュの家族や友人に国際電話を
かけて、思いっきり、ベンガル語で話すことができる。

でも、、それも、そんなに何度も、何時間も、かけられるわけではない。。
孤独が身にしみて、なみだが止まらない。。。
わたしは、日本に来て、何をしているのだろう?

夫は、日本の会社になじもうと努力していた。
日本人の気質は、自分たちとは違うようだ。
日本人上司から、ことばとして伝えられていない部分で、何か、違うことがあるみたい。

日本語は、もっとできるようにならないといけない。

夜9時に帰宅後、妻の作ったカレーを、一緒に食べる。(故郷の味はありがたい)
ベンガル語でのほっとする会話。

そのあと、夫は、30分漢字の練習をし、テレビをみて、わからなかった日本語を、
明日、日本人の同僚に質問しようと思う。

夫は、妻が寂しい、と訴え泣くのをどうしようと思い、あれこれしてみたが
らちがあかない。
それで、妻に日本語を教えてくれる人をみつけだした。

その人は、日本人女性で、ベンガル語はできないが、英語が少しできる。
近所に住むこの人から、妻は、週3日、日本語を教えてもらうようになった。

ほんのちょっとずつ、《こんにちは》 《ありがとう》 《これください》

こんな会話から。

半年後、Sさんは、日本語のシンプルな会話ができるようになった!
それに合わせるように、彼女は、明るさを取り戻していった。

バングラデシュ人が増えた!

数年が過ぎ、日本の生活にも慣れてきたころ、Sさんのアパートの2階、真上の部屋に、
バングラデシュ人の夫婦が引っ越してきた!夫と同じ会社の同じ部署に招聘されたひと!
しかも同年代の20代後半の夫婦!

もちろん、彼女は、この人たちを大歓迎した。

彼ら2組の夫婦は、まるで兄弟のように、アパート上下のそれぞれの部屋を
行き来した。部屋には、いつもカレースパイスの香りがしていた。
あっっっっまああああい(甘い)スイーツでお茶もした。

日中、夫が会社にいっている間、奥さんたちは、ベンガル語で思いっきり
おしゃべりができた!  外国で孤独に過ごしていた時、母国語で話せるって、
どんなにありがたかったことだろう。。

このころ、私は、この人たちに知り合った。
私には、別のバングラデシュ人の友人(男性)がいて、彼と私は、兄弟みたいに思って
いる間柄。 
その人のつながりで、在日バングラデシュ人のコミニュティにつなげてもらい
Sさんたちにも知り合った。

Sさんと、その上に住む奥さんUさん。

Sさんは、とっても優しくて、かわいらしい美人。
ものすごくあったかい気持ちのひと。 ハルモ二ウムを弾き歌うと、
とってもすばらしい!
Harmonia

Uさんは、ベンガルの女神さまの名前を持っていて、目力のある美人。
笑うと、華やかな感じ。やはり、あったかいすてきなひと。

Lakshmiほんとにこんな感じの美人!
私は、彼女があまりきれいなので、ぼーっっ、と、お顔をみつめていたことが
ある。。。 笑

Sさん、Uさんに、サリーを着付けしてもらったことがある。

私は、自分では、サリーをうまく着れないことを、アピールした。
着物が着崩れるのと同じで、着ているサリーがもろもろと崩れてきそう! 笑+こわっ!

彼女たちは、ものすごく盛り上がって喜んで、自分のサリーを着てみないか、と言う。

私は、サリーの上に着るブラウスをもっていない、と、言ったら、
Sさんか、Uさんか、どちらか忘れたが、自分の使っていないブラウスをあげよう、
と言った。

sari blouse
(こんな感じ)
それで、彼女たちのどちらかが、自分のたんすの中から、ピンクのサリー用ブラウスを
取り出してきた。 

私が試着してみると、肩、胸は、ぴったりするのだけれど、アンダーバストの布部分が
しまっていなくて、その分の布が余ってしまう。、
(上記の写真より、アンダーバストの布地はもっとだぶっとしていた。)
バングラデシュ人の彼女たちの体型は、がっちりしている。

彼女たちは、私の体を凝視して、
《日本人のからだ、私たちと、ちがうのね》 と、日本語で言った。

そのあと、やはり、どちらかが、緑のサリーをもってきて、きゃあきゃあ言いながら
着せてくれた。

サリーの着方は、いちばん下に、ペチコートを着る、これは、スカートになっていて、
ウエストのところを、ひもで引き絞り、しっかり縛る。

そのうえに、幅1m、長さ5~6m の一枚布、サリーを、巻いていくわけだが。

サリーの布の端を、ペチコートのウェスト部分に、ぐぐっ、と入れて、
布を身体の右より前~左に一周させ、
次に布を、おりがみのように、山折谷折りにして、プリーツをつくり、
その布の上部も、ペチコートのウェスト部分に、ぐぐっと、いれて、、
余った布を、左のお腹から右側に1回転させて、左肩に布の最後のほうをあげる。

このだいぶあとで、知ったのだけれど、《他のひとにサリーを着せてあげる》のは、
その人に対する、ものすごい祝福なんだそうだ。(*^^*) 


Sさん、Uさん、ありがとう!
あなたたちと、旦那さんたちのことも、忘れないよ~!
今でも、私のたんすには、いただいたピンクのブラウスが入っている。

この人たちは、今や、それぞれ娘に恵まれて、カナダに住んでいるのだ。
もう、日本語を使うことはないだろうから、すっかり忘れているに違いないだろうけれど。。。

どこにいても、しあわせでいてほしいと思っている。

今日もありがとうございます。
参考サイト サリーの着方