9月、ドイツ行き。私の過去のものがたり。

ananas

来月、ドイツ、フランス、行ってきます。

私、ツインソウルの前回の転生が、ドイツ人空軍パイロットでした。

第一次大戦、第二次大戦で、大好きな飛行機に乗って、、爆撃することで
だれかをころさなくてはならなかった。

その時の人生では、連合軍の戦闘機に、私が乗っていた戦闘機が撃墜されて。

それで、私の体も機体も、ぐちゃぐちゃになりました。
機体は急降下。私ももう動けない。

それでも、やっと、らくになれる、、と、ホッとしたのもありました。。

大好きな飛行機で、誰か知らないひとたちを、ころさなければならない役目を
終わりにできるから。

そこで、私は戦死。
きっと、残骸しか残らなかったのでは。。

今生の私はドイツ好きで、ドイツ語を長く聞きかじっていますが、
ヨーロッパは何度も行っているのに、ドイツ来訪は初めてです。

昔、オーストリアから、デンマークへ移動する飛行機の中、
この足下が、黒い森があるところだろうか、、、ドイツは今どうなっているのだろう、、、
絶句しながら泣いてました。。。。

1945年、第二次世界大戦終結。ドイツ敗戦。
イギリス、アメリカ、フランスの西側(資本主義)が占領する、西ドイツ。
ソ連(共産主義)が占領する東ドイツ。 に、分割。

アメリカとソ連の冷戦時代を迎え、その影響が、ドイツにも。。

首都ベルリンは、地理的には、東ドイツの場所にありました。
そして、ベルリンは、東ドイツ地区、西ドイツ地区に分割されていました。
西ベルリン地区だけが、東ドイツの国土の中にある、離れ島のような、西側区域。

なので、1960年までは、東ベルリン⇒ 西ベルリンに移動さえすれば、西側(資本主義側)に
自由に移動できた。

東ドイツ(DDR)は共産圏国家でした。
国家保安省(シュタージ)が、総国民を監視している社会機構。
言論の自由はほぼなく。

誰かが、国家の意向に反した思想をもっている、と、当局に密告することを奨励された。
これは、職場でも、また、家庭内ですら! 
親友や、婚約者が、実は、シュタージの協力者で、自分を密告していた例はまれではなく。
こうして明らかになった、反体制分子は弾圧された。
中には、密告で、人間不信に陥り、精神をやむ人も多くでた。。。

(いんけんのきわみだと思います。)

東ドイツでは、計画農業、集団農場の失敗から、食い詰めたり、、

農民、監視国家に絶望した人たち、知識人、技術者等が、東側から、
西ベルリンに逃れようと、年数万人単位で、西側に移動していった。
このまま人口流出が続けば、東ドイツの国家運営も成り立たなくなるかもしれない。。

危機を覚えたソ連側が、東側からの人口流失を止めようと、
1961年8月13日、東側から、西ベルリンをくるむような形で、
いわゆるベルリンの壁(Berliner Mauer)を建設しはじめます。

首都を象徴する、ブランデンブルク門も閉鎖されて。
ベルリンの壁の完成後、東側から、西側への移動が、物理的にできなくなりました。
東ベルリン側から、そこに近づくことは禁止され、銃をもった国境警備隊が警備していた。

それでも、ベルリンの壁を東側から、西側へ乗り越えようとした人は、逮捕されるか
または、射殺された。

自分の考えを安心して表現できる自由、職業の別の可能性を切望して、あるいは
西側の家族と会いたいために、、、いろんな理由から西側に移動しようとして、
射殺された人たちは、一説によると1200人。。


一方、なんとか、包囲網をかいくぐり、無事に西側に亡命できた人が5000人強。

西側と東側に、家族が分断された人たちは、1961年~1989年の壁崩壊まで
会えなかった例は一般的でした。 (今、韓国、北朝鮮でも、同様てすね。)

1980年代に、日本でも、ベルリンの壁の特集番組等あり、
よく、こころを痛めていました。。。。。

1987年当時、確か、アエラという雑誌で、《東西ドイツが統一される日》という
特集記事が掲載されていたのを覚えています。


まさか、そんな希望的可能性があっても、それが実現するのはほど遠いだろう、と、
当時の私は、かなり悲観的に思っていました。

それが、1989年になり、東欧革命(ソ連の衛星国であった東ヨーロッパ諸国で、共産党政権が打倒された)
があいつぎ。
6月ポーランド、10月ハンガリーの、非共産党国家の成立に始まり。。

ソ連の指導者は、民主化をむしろ進めようとしていたゴルバチョフさんで。。
東欧に民主化の機運が高まり。
その時代のうねりが、東ドイツにもおしよせ。。(あの時代の変化はすごかった!)

1989年11月9日には、東ベルリンの国境検問所に、東ベルリン市民が殺到し、
対応に困った検問の係員が、ビザなしで、彼らを通さざるをえなくなった、
これがもとで、ベルリンの壁が事実上、意味をなさないことになる。

同年11月10日には、重機や、つるはしを持ち出した人がいて、
ベルリンの壁の破壊を始めた!
その夜、ドイツ市民が、東側から、また、西側から集まり、ベルリンの壁に上り、そのうえで、
人々が肩を組み、歌を高らかに歌い、自由を叫んだりしていたのを、テレビで見たが、とても感動した。


1945年5月8日の敗戦から、1989年11月10日までの間。
それまでの間。。。

私のツインソウル、過去世、ドイツ人空軍パイロットが戦死したのが、1944年?~1945年のはじめ?
あまりにもひどい時期があり、もはや、ドイツ国の未来などない!、
と、絶望して死んでいるので。。

それ以降の経緯を、今回の人生で、離れた国(日本)から見てこれたのはよかった。
本当に、まさか、ドイツが生き返るとは、1945年時は思えなかった。。。

また、今生の私が、飛行機を操縦する側でなく、お客として、旅客機に乗りこみ、
平和に快適に移動できたことも、私を着実に癒していった。
幸せそうに、あるいは、ふつうに移動できる人たちを見ることも、私の癒しになった。

だから、このドイツ人パイロットの癒しは進んだの。彼はもう大丈夫。

私は、肉体は持たないでなら、これまで何度もドイツに行っている。
今回、私は、やっと、肉体を伴って、ドイツに行く。

過去の彼が、懐かしくて、たくさんのことを教えてくれるだろう。
ドイツ的な魂の部分が、私はわかる。 

彼から、私はどんなふうに見えるか?

(*^^*)
次回の転生は、はるか東の日本で、女性に生まれ、あろうことか、インドアの人で、
不思議な役割をしている。 (大笑)彼女は車の運転すらできない!(Nein!)


というわけで、ちょこっと、ドイツに帰ります。
やっと、安心できる状態のドイツに行けるのは、本当に!ありがたい。

2014年のドイツは、EUの中の大国。リーダー側と言ってもいいでしょう。
まさか、こんなドラマチックな復興を遂げているとは、、本当に感慨深いです。。。

(日本も、ドイツと同様、戦後、廃墟の中から、これだけの国力を回復させていった、
驚異の国民です!!!)

過去世は、、舞台のお芝居のようですね。
いろんな役を自分で設定し。その条件の中で、様々なことを味わい、学んでいく。。。。

いろいろドラマチックなことがあっても、リアルなこともすべて、
同時に、まぼろしのようなものでもあります。。
この世は、リアルであるのと同時に、夢のようなもの。

今回の人生が終わったとき、いったいどんなふうに振り返ることができるのでしょうね。。
(*^^*)

神は壮大な夢を見ている、、
私の人生も、あなたの人生も、神の夢、なのでしょう。。

今日もありがとうございました。