聖なる父性のヒーリング ③ 父と娘の関係、ヒラリー・クリントンさんの場合

愛するみなさま

いつもみんなのヒーリングルームに来てくださりありがとうございます。(^-^)
今日もあなたのお役をしてくださりありがとうございます! (^-^)

現在、聖なる父性のヒーリングについて。。。
そのお話しをぼちぼち続けさせていただきます。

2013年まで、アメリカの国務長官だったヒラリー・クリントンさんは、
1993~2001年まで、ビル・クリントン大統領のファーストレディとして、活躍しました。

ヒラリーさん以前のファーストレディは、もっと、主婦的、家庭的イメージがありました。

ヒラリーさんは、もともと弁護士出身で、ニューヨーク州選出の上院議員も務め、
いかにも、仕事がバリバリできそうな女性、として、世界に現れました。

たしか、1993年、ヒラリーさんの英語インタビューを聞いたことがあります。
イングリッシュ・ジャーナル、という、英語教材のテープでした。

自分の意志を明確に生きていくこと。。
そうでなければ、環境の条件に流されていってしまいかねないから。


彼女は、このインタビューの中で、父親について述べていました。

彼女が子供の頃から、父親とは、よく話をしたそうです。
いろんなトピックをわけへだてなく。

彼女が大学生の頃、父親と話しをしていて、政治的意見の相違がでてきた。
父親は、彼女の意見に対し、自分は、それが正しいと同意はできないけれど、
それでも、彼女の意見をいつも尊重している、と言ってくれた。
いつも、自分らしくありなさい、と、励ましてくれた、、
ヒラリーさんは、こういう父親の姿勢はありがたかった、と、語っていました。

私はこれは結構重要なことだと思いました。

親と子供は、血のつながりがあっても、個別の人間であり。
それぞれの立場の違い、考え、感じ方の違いがあります。

子供が小さい頃、親は、その子の安全に全責任があります。
小さい子供は、本当に思いがけないことをしますから!
(この世のいろんなことを自分で!試してわかりたい時期を過ごしているのですから、
それは健康なプロセスです! ^^)

子供が思春期を迎える頃までには、、、彼らは、親のスペースから離れ、
もっと、自分自身のスペースにいるようになっていきます。

親側は、子供を、別の人格として認め、彼らの空間を尊重することが必要です。

彼らはまだ親を必要とする時があります。
でも、それがいつもそう、ではなくなっていく。。

親側は、その時、≪私≫と、≪あなた≫の区別がついている必要があります。

子供側の考え方、認識がまだ甘い、ということがわかったとしても、
彼が、彼女が、そういうプロセスを通っていることを尊重する姿勢は必要です。。。。。。。

理想的には、ヒラリー・クリントンさんのお父さんのように、
≪あなたの意見を尊重するよ。(私は別の考え方をするけれど)、あなたは今
そう考えているんだね。。 ≫

≪では、こんな例はどうだろう、、、(提案)、、、≫


という言い方なら、親から、自分らしさを尊重されながらも、
もう一方で、異なる視点を、提案として与えられる。

さらに、その提案によって、子供が、父親と同じ意見になるかもしれない、ならないかもしれない、
子供の現在の意見が、もっと強固になるかもしれない、または、第三のアプローチがでてくるかもしれない、、
そういう可能性を、自由に理解、選択できる空間を与えられていたら。。

もっと、自分らしい思考を、展開していいんだ、というふうに励まされるのでは?


もちろん、、上記は理想的な展開でした。

なかには、

家族を思っているのに、その表現がひたすら下手なお父さんもいました。

社会的にあまりうまくいかなかったことや、難しい人生経験が、彼に影を落とし、
その暗い思いを、子供にそのまま投影し、子供の人生も暗くさせた男性もいました。 

自分のほうが、子供自身が決めるより、子供のことをわかっている、と思いこみ、
子供の人生あれこれに、介入してくるお父さん。。

この、≪子供のあれこれに強力に介入してしまうお父さん≫は、案外、自分が傷ついていて、
子供が傷つく(かもしれない)可能性を、自分のそれよりもはるかに恐れているので、
それを回避するために、先回りして、介入(解決を試みる)するのでは。
愛はあるけれど。。

どのひとも万能ではないです。 (私を含め!)

私は、先月、アメリカ人のヒーラー(60代男性)とやりとりしていました。

彼は、子供が、人生の最初、両親から、無条件の愛で愛されることが本当に大事だと
力説していました。(もちろん完璧でないにしても!)

お前はここにいて、幸せでいていいんだよ、お前らしく生きていいんだよ、
いろんなことがあっても、お父さんは、お前の味方でいるからね。

そんなふうに言って、子供を育ててきた、と言っていました。

あなたはいいところがたくさんある。

あなたらしく生きていいんだよ。
お父さんは、あなたのことをわかりたいと思っているよ。


私は、子供の頃、もし、実の父から、そんなふうに言われていたら? と想像し、
ちょっと絶句しました。。。

父親は、子供を愛しているのは当たり前だから、とか、家族だから、とか
そういう気持ちで、愛情表現を目減りさせているのか、
または、日常の慌ただしさ、当たり前、で、大切なものを振り返る機会がないのか?

≪当たり前≫というのは、本当は、≪当たり前≫でなど、決してないんですが!
どんなものの外形も、変化していくわけで、、、一定の形のままは、ありえない。
≪今この時≫しかないのはそうですし。

また、この場でよくお知らせしていることですが、案外、親から痛いものをいただいた方は
多いです。。 
家族がありがたいとは決して思えない、という方は、案外とても多いです。
みなさん、話さないだけです。

私はそうだ、という方は、家族間にあるその痛みを、あなたは別の形で癒していく人
なのかも。。。。。。そこに希望がありそうです。

愛のエネルギーが源から発露された時、それがスムーズに流れるなら愛のまま。
でも、それが、何らかの理由で滞り、変性してしまった時、愛のエネルギーは別のものになります。
それは、にくしみ、とか、なげき、、、、いろんな名前がつきそうです。

もともと愛のエネルギーは存在していたはずです。

今日はここまでです。
おつきあいくださりありがとうございました。 (^-^)