家系が断絶(断滅)するとしたら?どうとらえる?

愛するみなさま

今日も、あなたのお役をしてくださりありがとうございます!^^)

Q. 家が断滅(断絶)する可能性が高い場合、それを、どんなふうにとらえたらいいですか?

Q. 私は、60代未婚男性。一人っ子。
名字が同じ親族は他にいない。 養子をとる気もない。
このままなら、私がなくなったら、私の家は断滅(断絶)するのだろう。
この場合、≪家が絶えてしまう≫、ということを、いったい、どうとらえたらいいのか?

≪A. 私からの回答。≫
その家系が、未来永劫、継続するのがいいこと、という考え方があります。

直系の子孫がいない時、他家から養子を迎えてでも、家(名字)を
存続させる、というのが、最優先にされた時代が続きました。
これは、戦国時代の武家~江戸時代の武家の頃、重要視されました。

庶民の場合。
名字を持つことが許されたのは、明治時代になってからでした。

それまでは、どこの場所に住む、という意味が、名字のように、名前のタイトルとして
使われた例が多かったのでは。

○○森(の近くに住む)太郎さん、とか。

以下、実例として。

800年以上、継続している家の例をご紹介します。
この家は、菩提寺に過去帳があり、そこには、過去に生きた人々の名前、生年没年、
役柄の記載があります。
800年、名前の記録だけでも膨大です。

家系図では、直系のみの名前が書いてありますが、長い巻物になっています。

この家の最初の人は、平安時代、源義経(1157?-1189?)に従った武士ですが、、
奥州藤原氏の負け戦で、すべてを失っています。

最初の人の名字は、その後、何度も何度も変化しています。

その後、子孫が努力して、為政者の役にたち、、城持ちの小名?に
なった時代もあります。

戦功をたてたため、(縁起のいい?)名字を、為政者からたまわり、名字が変わったり。

さらにその後、その子孫が、戦に負けて、城から逃げて、本拠地を失った時期もあります。
戦に敗れて移動、というのは、どんなたいへんなことだったでしょう。。。

その時の為政者の意向で、国変えをしなくてはならなかった時期もあります。
このひとつの家系を見ても、浮き沈み、毀誉褒貶(きよほうへん)があります。

本拠地の移動、、また、直系の男子が絶えて、女系の系列になった時にも名字が変わったり
等、しています。。 名字はこの800年間で、案外、頻繁に変わっています。

凶作による飢饉を経験し、しのぐのにやっきになったり、、

明治時代には、日露戦争に出征した人があり。。。。
昭和時代には、太平洋戦争で戦死した人があり。。。。
現在に至ります。

この例から推測するに、代々、ひとつの名字だけを使い、家が存続している、というより、
ある程度のスパンの年月では、同じ名字を持っている傾向がある、くらいの感覚で、とらえました。

特に、江戸時代以前の人は、名字が変わる、変える、といったことに、それほどの抵抗はなかった?のでは。

(有名な例では、豊臣秀吉さんも、出世する度に、名字のみならず、名前をいろいろ
変えていますよね。^^)
日吉丸?⇒⇒⇒ 木下藤吉郎⇒ 羽柴秀吉⇒ 藤原秀吉?⇒ 豊臣秀吉

その家の名字、≪家というシステム≫を継続させるのが絶対的な命題だ、という
考え方は、江戸時代以降に固まったものなのでは?

私が思うに、(名字、といった)形態は、変化させざるをえないところがありますよね。

その家系のいのちが、何らかの形で継続しているなら、名字に関わらず、
そのこと自体が意味があるのでは。 (^-^)

家の名字は、ファミリーのタイトル、ラベルのようなものであり、時代、状況により、
変化するのは、自然なことではないかと。

なので、ご質問の件に戻りますと。。

私は、家系が断滅(断絶)することを以下のようにとらえています。

その名字が持っていたカラーというか、共通の条件、周波数を、誰かが引き継ぐ必要はもうない、そのテーマは完了でいい、という意味ではないかととらえています。

その名字の最後のみなさん方は、家系の≪締め≫≪総まとめ≫をしていけばいいのでは
ないかと思っています。≪締める役割≫をいただいたのではないかと。

なので、質問者の男性は、安心して、ご自分の人生を生き切ったら、それで十分、あとのことは気にしなくていい、ということです。

物質界のことは、全部、変わりますね。
不変なことなんてないのでは。

なので、大きな家に生まれたけれど、その最後の当主になるのでは、という方は、
もし、自分のせいで?家が絶えてしまうのでは、なんていう罪悪感があるなら、
それを外して、安心して、ご自分の人生を生きられたらいいですよね。(^-^)

以上は私の考えです。 (^-^)

ご先祖さまもいろいろあった。
それは私たち、それぞれと同じですよね。

名字のトーン、、、というか、テイストがあります。


そこにこめられた膨大な背景と、あなたのテーマが沿っているから、あなたは、今の名字を
経験しているのでしょう。

私たちは、自分ひとりの人生と、普段は思っていますけど、何だかんだ言って、
脈々とつながってきているご先祖さまからのパワーもいただいています。

今日、あなたを生きさせているのは、ご先祖様が、ピンチを生き延びてくれたからでした。

今の時代とはまた全然別の、生きるのに過酷な時代を乗り越えて、それでも
現在の私たちまで、いのちがつながっているわけですから!
本当にありがたいことです。感謝ですね。

みなさま、今日もありがとうございました。(^-^)