2009年5月:カテゴリー
一緒に進化していく人は。。
2009.05.26 | コメント(0)
愛するみなさま
(^^)こんばんは。
みんなのヒーリング・ルームにようこそいらっしゃいました。
あなたがここでリラックスした時間をお過ごしになれたらいいなと思っています。
(*^。^*)
来てくださってありがとうございます。
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実は、家族関係の悩みはとても多いです。
両親は生まれてはじめて、関わる最初の人間であり、赤ちゃんのころは、
生存のすべてにおいて依存しなくてはなりません。
理想的な親を持てなかった、という痛みは、昔、私にもありました。
中学生のころ、親と仲良く買い物をしている同級生のIさんを
にらみつけたのは私です。。。(ゴメンナサイ。)
私は、私の話のつじつまがあわない部分、正しくない部分を鋭く
指摘されないよう、いつも口をつぐんでいました。
正しくない、と、指摘されるのではという恐怖がありました。
、、、、、、、、
私の父は3年前に亡くなりました。
彼の闘病に付き添っている一年半の間に、強い父と主張できない弱い娘、
という、最初の力関係が少しずつ変わっていきました。
混乱している父母のために、私は非常に強くならなくてはなりませんでした。
父は、人生の最後、この世で一番かよわい体を持ちました。
私は一ヶ月間、家族と交代で、父を実家で介護しました。
(医師の往診、看護師の訪問、ケアマネージャー等、助けが
もちろんありました。)
力を尽くし、家族で看取りましたので、それで、彼に対してはやりつくした、
という思いがあります。
正気では、父のおむつを替えることなんてできませんでした。。
痛みどめのモルヒネの入ったパッチを皮膚に貼る、なんていうシーンも、
やはり、今なら恐ろしいと思います。
きっと、緊張のあまり、気がおかしくなっていたと思います。
そんな中、父の精神性は、どんどん澄んでいって、向こうへ帰る準備が
できていったのが、わかりました。
彼とは、ずっと共通言語を持てなかったのですが、死を前にして、父は
私の世界に近寄ってくれたと感じました。
最期に、父と和解、理解しあえた、というのは、私にとって、
奇跡のような出来事でした。
だから、私は非常に恵まれているのだと思います。。
最初の話に戻ると、、
両親との関係性がある程度しっくりきている人ばかりではないです。
違和感、不協和音、、無理解、おしつけ、無関心、、、その他もろもろ。。
もし家族に対して、孤独感を抱いている方なら。。
家族以外の場所で、あなたを理解してくれて、愛しあえる人を
みつけられるといいですね。
私たちは、自分と一緒に進化していく人を選ぶことができます。
明日のご自分のために、今、できることをなさればいいのではないですか?
愛を求めているひとは、試行錯誤の上、、、
愛、という人生テーマの達人になる可能性があります。
(^^)だいじょうぶ!!!
あなたは大事なひとです。ありがとう。。
愛と感謝をこめて。。
長門裕之さんと南田洋子さんの世界。。
2009.05.21 | コメント(0)
愛するみなさま
こんにちは。
みんなのヒーリングルームにようこそいらっしゃいました。(*^。^*)
なかなか更新せず、すみません。
あなたがこの場所で、どうぞリラックスしてお過ごしになれますように。。
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さて。。あなたもご存じだと思いますが、
長門裕之さんが奥様の南田洋子さんの介護をなさっている様子が
話題になっています。
南田洋子さんは、かつて、美貌を誇り、たいへんな人気を誇った女優さん
でした。
長門さんの本によりますと、彼女は、結婚直後から、長門さんのお父さんの
介護をはじめたそうです。それは何年も続きました。
それと同時に、長門さんの事業の失敗等からくる、慢性的な経済の苦労、
また、長門さんの女性問題をも、これでもか、と味わったそうです。
新婚時代のエピソードに私がうっ、となったのは、、、
たとえばこんなシーンでした。
当時、桁はずれのスターだった洋子さんが、スタジオ入りする際、
長門さんとすれ違ったそうです。
彼女の香りは、いかにも女優を思わせる、フランスの香水ではなくて、
お義父さんのおむつを洗い、あたりを消毒するクレゾールのにおいだったそうです。
長門さんの女性に対しても、強いゆるがない態度で、相手の本気を
クールダウンさせたり。。
、、、、、、
これらの苦労の最終最後、洋子さんは認知症になり、長門さんから介護される
立場になりました。
排泄を失敗する話、、、
[洋子語]と、彼が名付けた、洋子さんのことば。。
洋子さんは、認知症になる以前の人生は、徹底して、人に甘えない人生を
送っていらした。
現在の洋子さんは、毎日すべてを長門さんに頼り、彼なしでは生きていけないような
状態でいらっしゃるようです。
今になってやっと、甘えられる。頼りにできる。
今このような状態を経験することで、洋子さんのこれまでの
人生との間に、むしろバランスがとれてくるのかもしれないという印象を
持ちました。
ずっと、奥様の苦労を見てみぬふり(本人談)していた長門さんは、
彼の関心のすべて、愛のすべて、が洋子さんになることで、
やはり、今になって、バランスがとれてくるのかもしれないと思いました。。
客観的に見れば、認知症はとても残酷な形に見えます。
認知症の父親を持つある知人は、[息子のこともわからなくなってね。
もう、笑うしかないよ。。]と、力なくうなだれていました。
でも、、やはり、意味のないことはないのかもしれません。。
。。。。。。
こんな姿の洋子さんをカメラの前にさらさなくても、、という声もあるそうですが。。
私は、長門さんと洋子さんの現実をありのまま、周知の事実として
知られてよかったのではないかと思います。
人知れず、介護している方はたくさんいます。
そういう方のがんばりはあまり大きく聞こえてきません。
長門さんにもたくさんの応援の声が必要だと思います。
毎日、毎日が祈りのような、あるいはにぎやかな不思議な空間。。
食べること、排泄、、、短いことばのやりとり。。
ここにも、大事な人生の姿があります。。
長門さんお疲れさまです。。
長門さんと洋子さんに愛をおくります。。
